塩分と健康リスク

監修 谷田部 淳一 医師

食塩に含まれるナトリウムは、人の体にとって必要ですが、必ずしも「補充する必要がある」というわけではありません。
「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」といわれるように、塩にも適量というものがあります。
現在は日本だけではなく、世界でも「塩の過剰摂取」に関する注意喚起がなされています。
では、塩を摂り過ぎるとどうなるのでしょうか。過剰摂取による健康リスクについて、具体的に見ていきましょう。

塩分と病気の関係性

塩分摂取量の目標値と現状

厚生労働省がまとめた「日本人の食事摂取基準」(2020年版)によると、食塩摂取量の目標値は18歳以上の男性で1日あたり7.5g未満、18歳以上の女性では1日あたり6.5g未満とされています。※1

世界基準でみると、WHO(世界保健機関)が推奨する食塩摂取量は、1日あたり5g未満です。しかし実際には、世界の人たちもまだまだ、食塩を過剰に摂取しているようです。WHOによると、ほとんどの人が1日平均 9~12g、または推奨される最大摂取量の2倍前後の食塩を摂取しています。※2

日本人の食塩摂取量は、2000年頃と比べると少なくなってきましたが、それでも目標値に沿った食塩摂取量で生活できている方は、とても少ないというのが現状です。※3
特に日本の食文化は、醤油や味噌といった塩分を多く含む調味料を多用します。さらに、漬物や練り物、塩漬けの魚など、塩を多用した食品を扱う食文化でもあります。世界的に見てもアジア圏は食塩摂取量の多い地域ではあるのですが、なかでも日本は特に食塩の摂取量が多い国とされています。※4

食塩摂取量と病気による死亡リスク

厚生労働省が発表した「人口動態統計」の2019年のデータから主な死因の構成割合を見てみると、心疾患が15.0%、脳血管疾患が7.7%となっています。これらを合わせると、2019年に亡くなった方の約5分の1が、循環器系の病気により死亡したとも考えられるのです。※4
もちろん、すべての病気が食塩の過剰摂取に起因しているとは限りません。
しかし、食塩の過剰摂取は血圧上昇だけではなく、動脈硬化や脳血管障害、腎機能障害などさまざまな疾患を引き起こすリスクがあることが分かっています。これらをまとめて心血管病*と呼びますが、心血管病の発症につながる危険因子の第一位は高血圧であることから、過剰な塩分摂取も多大な影響を及ぼしています。さらに、死亡リスクとも密接に関係していることがうかがえるのです。※3

※心血管病:脳卒中や心筋梗塞など、高血圧や動脈硬化によって起こる病気の総称

食塩摂取量を見直すと死亡リスクの回避にもなる

WHOでは、世界の食塩摂取量を推奨レベルまで減らせば、毎年250万人の死亡を予防することができると推定しています。※2
食塩摂取量を減らすことが、日本を含む世界中の人々の健康を改善するための、もっとも費用対効果の高い対策のひとつなのです。死亡リスクを回避するために、塩分摂取量の見直しが極めて重要であるということがうかがえます。
さらに全世界の心血管病による死亡のうち約10%は、1日5gを超える食塩の摂取によるものと推定されており、このことからも、食塩摂取量を減らしていく必要があるといえるのです。※2

続いて、塩分の過剰摂取がどのような健康リスクを引き起こしてしまうのかを詳しく解説していきます。

参考

※1 厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2020年版)https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf

※2 WHO Fact sheets Salt reduction https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/salt-reduction

※3 日本高血圧学会減塩委員会編集 2019年5月発行 減塩のすべて―理論から実践まで 南江堂

※4 厚生労働省 令和元年(2019)人口動態統計月報年計(概数)の概況 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai19/dl/gaikyouR1.pdf

塩分と高血圧・動脈硬化

食塩摂取量と高血圧の関係性

食塩摂取と高血圧は密接に関係しています。
1980年代に、インターソルト研究という、世界の約50の地域で食塩摂取量と血圧などを調べた研究がありました。その研究結果から、食塩の摂取量が多い国は高血圧の有病者数が総じて多いのに対して、摂取量が文化的に少ない国では高血圧患者が少ないということが分かっています。※5
なぜ食塩が血圧を上昇させてしまうのか、その機序は完全には解明されていませんが、現時点では、食塩摂取量の増加に伴う血中のナトリウム濃度の上昇と体液増加が関係していると考えられています。※3
食塩摂取量が過剰となることによって、血圧だけではなく、血管や心臓に対しても影響を及ぼすことも分かっています。
さらに、たとえ降圧薬を使用して血圧を下げたとしても、食塩の摂取量を抑えなければ、冠動脈疾患や心血管疾患のリスクは残ります。※3

食塩摂取量が多いと動脈硬化のリスクも高まる

食塩の摂り過ぎにより血圧が高い状態が続くと、血管や心臓に負担がかかります。
心臓や血管に負担をかけ続けることによって、動脈硬化や心臓肥大が進みます。その結果、脳卒中や心筋梗塞、心不全、不整脈、動脈瘤、腎不全など、多くの心血管病を引き起こすとされています。※3、5
さらに、血圧の影響を除いた調査でも、食塩の過剰摂取と脳卒中が密接な関係にあることが分かっています。※5
塩分を摂りすぎて高血圧の状態が続くと、血管の内皮細胞が傷ついてしまいます。
傷ついた部分を治そうとその傷ついた部分に白血球が集まってくるのですが、このときに単球が内皮細胞の間から潜り込み、マクロファージとなって増殖します。
このマクロファージは脂肪物質など(主にLDL-コレステロール、いわゆる悪玉コレステロール)も呼び込んで溜めてしまうため、血管の内膜がどんどん厚くなっていきます。これを粥状(アテローム性)動脈硬化と呼びます。この粥状病変にはグズグズして脆い場合があり、あるとき破れることで血栓ができると心筋梗塞や脳梗塞を起こすことがあるのです。※6

食塩摂取量を減らすことで、循環器病のリスクを回避できる可能性

日本WHO協会によると、食塩摂取量を低下させる主な利点は高血圧の改善とされています。さらに、成人の食塩摂取量が1日5g未満であれば、血圧を下げるだけでなく、心血管疾患、脳卒中、冠動脈性心臓発作といった循環器疾患のリスクを減らすのに役立つとしています。※2
特に高血圧においてその効果はさまざまな研究で証明されています。
米国で行われたDASH-Sodium研究では食塩制限の降圧効果が調査されました。その結果、1日約9gの食塩を摂る食事に比べ、約6gに抑えた食事では血圧が低く、約3gにまで制限することでさらに血圧が下がるということが分かっています。※5
減塩による降圧効果については個人差があるというのが前提ですが、平均すると食塩を1日1g減らすごとに、高血圧の人で収縮期血圧が約1mmHg、拡張期血圧は約0.5mmHg下がることが分かっています。普段の血圧が正常である人にも減塩は効果があり、高血圧の人の半分くらい下がることが分かっています。※5
しかし欧米の大規模調査においては、少なくとも食塩摂取量を1日6gくらいにまで落とすことができなければ、効果的な血圧低下に結びつけることは難しいとしています。※1
減塩により血圧を下げると、血管への負担が軽減します。その結果、心血管疾患や脳卒中といった血管障害の発病を防ぐことにつながるのです。※6

望ましい食塩摂取量は幼児期からの学びに取り入れて

塩分摂取量と病気の関係は大人だけの問題ではありません。
大人になってからだけではなく、幼児期から塩分摂取量を意識することが必要です。
生活習慣の基礎が形成される幼少期から減塩を意識することで、将来の血圧上昇を抑制する可能性が示唆されているのです。※3
また、幼少期の減塩は味覚の形成にも多大なる影響を及ぼしています。
とある研究では、酸味や甘味は幼児期に制限しても味覚の形成に影響がなかった一方で、塩味については、味覚の形成に影響を及ぼしていることが分かっています。幼少期から塩分を控えた薄味に慣れておくことで、大人になってからも塩分の過剰摂取を回避し、さまざまな病気を回避できる可能性があります。※7

参考

※1 厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2020年版)https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf

※3 日本高血圧学会減塩委員会編集 2019年5月発行 減塩のすべて―理論から実践まで 南江堂

※5 国立循環器病研究センター循環器情報サービス 食塩と高血圧と循環器 http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/bp/pamph110.html#:~:text=%E5%AE%89%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82-,%E9%A3%9F%E5%A1%A9%E3%81%A8%E5%BE%AA%E7%92%B0%E5%99%A8%E7%97%85,%E6%9C%80%E5%A4%A7%E3%81%AE%E5%8D%B1%E9%99%BA%E5%9B%A0%E5%AD%90%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82

※6 国立循環器病研究センター循環器情報サービス 動脈硬化 http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/blood/pamph21.html#-1

※7 幼児期における食事のあり方は味覚感受性や心身の発達に影響を及ぼすか 1~3歳の保育園児を対象として https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience1995/33/2/33_166/_pdf

食塩と腎臓病・尿路結石・骨粗鬆症

食塩摂取量の増加は腎臓へも影響

食塩の過剰摂取は、腎臓の細胞にも障害を起こします。
摂取したナトリウムのほぼすべては、腎臓(糸球体)で濾過されて尿中に排泄されますが、捨てるためにもエネルギーを必要とします。過剰に食塩を摂取することで腎臓に負荷がかかり、腎臓の機能に影響を及ぼすと考えられているのです。
実際に、低食塩食を食べている人よりも高食塩食を食べている人の方が、腎臓の病気の発生率が高くなることが分かっています。※3
また、塩分の過剰摂取によって血液中のナトリウムの量が増加します。
これによって一時的にも高ナトリウム血症をきたし、脳の神経に作用して腎臓の交感神経活動を亢進させます。※3
高ナトリウム血症にまで至らなかったとしても、血中のナトリウム値が上がると血管内に水分が引き寄せられ、体液量(血液量)が増加します。※3
例えば、ナトリウム10gが引き寄せる水分量は1,250mlといわれています。血中のナトリウム量が増えるほど、血管内の水分量が増加し、血圧が上がってしまいます。
血圧が増加すると腎臓の細い血管が障害され、腎障害を引き起こすことも考えられます。

体液量(ナトリウム量)が増加すると、余分なナトリウムを排出しようとして腎臓が活発に活動します。尿として排泄されるまでの通り道(尿細管)でナトリウムの再吸収や再分泌が促進されてしまうのです。※3
これによって、腎組織でのレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAA系)というホルモンの働きが亢進し、腎臓の障害が進行することから、長期的には更なる高血圧をも招いてしまうと考えられています。腎臓が障害された状態、特に慢性腎臓病が進行すると過剰に摂取されたナトリウムが体内に蓄積しやすくなるため、ますます腎障害が進行したり、ひどい浮腫(むくみ)を引き起こしたりします。
一方で、塩分を制限することで腎障害の進行が食い止められたというデータもあります。塩分摂取量を1日5~10gの間で調整した結果、慢性の腎臓病を回避することができたとされています。※3

尿路結石を引き起こす可能性

食塩の過剰摂取は、尿路結石という病気にも関係しています。
尿路結石の約90%は、カルシウム結石です。その成分は、シュウ酸カルシウムやリン酸カルシウムなどです。※8
食塩を過剰摂取すると、腎臓の尿細管でカルシウムの再吸収を抑制してしまいます。尿中により多くカルシウムが排泄されてしまうのです。
これに加え、尿中クエン酸排泄量も減少させるため、尿中のカルシウム量がますます増加していきます。
このカルシウムが尿路で固まってしまうことによって、カルシウム結石を引き起こす可能性があるということが分かっています。※9
女性のみを対象とした研究であり、男性では相関関係は見られませんでしたが、1日平均で食塩を12.6g摂取する女性は、1日平均4.0gの食塩を摂取する女性よりも、腎結石の兆候の発症リスクが30%高かったという研究結果も分かっています。※11

骨粗鬆症を引き起こす可能性

先ほどもご紹介したように、食塩の過剰摂取によって尿中に排泄されるカルシウム量が増加していきます。
カルシウムの排泄が続くと、血中のカルシウムバランスが負になると考えられます。※10
腎臓から排泄されるナトリウム2.3gごと(食塩換算で5.8gごと)に、約24~40mgのカルシウムが尿から出ていくため、骨粗鬆症のリスクが増加します。※11
もっとも、これはあくまで過剰摂取した場合であり、適正量の摂取であれば骨粗鬆症を引き起こす可能性は低いとも考えられています。※10

参考

※1 厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2020 年版)https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
 
※2 公益社団法人日本WHO協会 塩分の削減 https://japan-who.or.jp/factsheets/factsheets_type/salt-reduction/

※3 日本高血圧学会減塩委員会編集 減塩のすべて 2019年5月発行 南江堂

※8 一般社団法人徳島県薬剤師会 尿路結石症と薬について https://www.tokuyaku.or.jp/ippan/33-medicine/okusuri-topics/66-2015-01-29-03-02-10.html

※9 尿路結石診療ガイドライン2013年版 https://minds.jcqhc.or.jp/n/cq/D0003087

※10 塩と健康(4) 食塩と各疾患の関係 https://www.jstage.jst.go.jp/article/swsj1965/55/3/55_153/_pdf

※11 日本微量栄養素情報センター ナトリウム(塩化物) https://lpi.oregonstate.edu/jp/mic/%E3%83%9F%E3%83%8D%E3%83%A9%E3%83%AB/%E3%83%8A%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%83%A0

塩分とがん

塩蔵食品はがんのリスクを高める

1990年から10年間にわたって、日本の4地域に住む40~59歳の男女を対象に生活習慣に関するアンケート調査が行われました。その結果、男性では、食塩摂取量が高いグループで胃がんリスクが約2倍と、明らかに高いことが分かりました。
胃がんの患者数を1年間あたりで計算すると、食塩摂取量がもっとも低かったグループでは1000人に1人が胃がんになったのに対し、食塩摂取量がもっとも高かったグループでは500人に1人が胃がんになったということとなります。※12
さらに、たらこやいくらなどの塩蔵魚卵や、めざしや塩サケ、塩サバなどの塩蔵魚、塩辛や練りうにといった塩蔵魚介類などの塩分濃度の高い食品については、摂取頻度別にグループ分けして胃がんリスクの調査が行われました。その結果、これらの食品を摂取する回数が増えるほど、胃がんのリスクが上昇することも分かっています。
なかでも、塩分濃度が10%程度と非常に高い塩蔵魚卵と塩辛、練りうになどをよく食べる人は、男女ともに胃がんリスクが明らかに高くなっています。※12
別の研究においても、塩分濃度の高い塩蔵魚介類(いくらや塩辛など)をよく食べる人は、ほとんど食べない人に比べて、胃がんになる確率がおよそ2倍から3倍高くなることが分かっています。塩分と胃がんには密接な関係があることが明らかになっているのです。※13

胃の中で食塩の濃度が高まると、粘膜がダメージを受けます。そのため胃炎が発生しやすくなり、発がん物質の影響を受けやすくなります。
また、胃がんの原因となるヘリコバクター・ピロリ菌は塩分の多い環境で増殖します。そのため、食塩の過剰摂取は胃がんのリスクを高めてしまうといえます。※3

食塩の過剰摂取が食道がんのリスクとなる可能性も

さらに食塩の多い食事は食道がんのリスクとなる可能性もあります。※14
胃がん同様、塩分濃度の高い食品が粘膜を傷つけてしまうことによって、発生するのではないかと考えられています。
こちらについては確固たるエビデンスがまだ発表されておらず、調査段階にあります。※15
いずれにしろ、さまざまな病気のリスクを回避するためにも食塩を控えた食生活を意識することは重要です。

参考

※3 日本高血圧学会減塩委員会編集 減塩のすべて―理論から実践まで 2019年5月発行 南江堂

※12 国立研究開発法人 国立がん研究センター 社会と健康開発センター https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/260.html#:~:text=%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%80%81%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95%E3%81%AE%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AB,%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

※13 国立研究開発法人 国立がん研究センター 社会と健康研究センター 予防研究グループ 多目的コホート研究(JPHC Study) 食塩・塩蔵食品摂取と胃がんとの関連について
https://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/260.html

※14 国立がん研究センターがん情報センター 科学的根拠に基づくがん予防https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/evidence_based.html

※15 独立行政法人 がん研究センター 日本人のためのがん予防 https://epi.ncc.go.jp/files/02_can_prev/150303E4BA88E998B2E38391E383B3E38395s.pdf

監修 谷田部 淳一 医師

医師・医学博士・高血圧専門医・内分泌代謝科専門医・指導医
一般社団法人テレメディーズ代表理事
米国留学時代から食塩感受性高血圧の研究を始める 最近では高血圧診療のデジタル化を推進し、尿中ナトリウム/カリウム比の自己測定によるセルフケアも導入 無塩・減塩・適塩・排塩など、塩でも個別化医療を目指したい