塩の役割

毎日の食卓に欠かせない塩。
「ちょっと塩味が足りないな」というときにも、何気なく使っているかもしれません。
食卓で活躍するだけではなく、食品を加工する過程や医療・工業などさまざまな場面で塩が使われています。
塩は、私たちの生活の中にも溶け込んでいるのです。

料理の効果

味付け

塩は塩味をつけるために必須の調味料です。塩味をつけることによって、食欲を増進させる効果も期待できます。※1
毎日どのくらいの塩分を調味料から摂っているか、意識したことはありますか?
普段の食生活において、調味料から摂る食塩量は、1日の食塩摂取量全体の7割程度にまでに上るといわれています。※2
特に日本人の場合、味噌や醤油といった日本の食文化を代表する調味料にも塩が使われています。そのため、無塩文化を送ることは難しいと考えられています。
仮に、無塩の食事に切り替えたとしても長期的に継続するのは難しく、通常2~3日程度、長くても7日程度が限界とされています。
その理由は、無塩食に切り替えると食欲や活動性が低下すると予測されているからです。治療において無塩食を提供する場合も、注意が必要との見解があるほどです。※3

実は塩味をおいしいと感じる許容範囲は狭く、個人差もあります。
一般的に、誰も人がおいしいと感じる塩分濃度は、汁物で0.8~1.2%、煮物で0.8~2%とされています。しかし、主食と一緒に口に入れることを前提とした場合はさらに高く、1.5~2%の塩分濃度が必要といわれています。※1、4
味噌や醤油などの塩気を感じる調味料だけでなく、トマトケチャップやマヨネーズ、ドレッシングやバターにも塩は含まれています。※2
したがって、塩を摂りすぎないためにはこれらの調味料の使い方を工夫する必要があります。ほかにも、天然だしのうま味や酢などの酸味、香辛料などの香味や辛味を併用して味を引き出すことが大切です。※2

食品から水分を抜く

野菜に食塩を振ると、浸透圧の差によって水分を抜くことができます。これを脱水作用といいます。
水分が減ると微生物が繁殖しにくくなり、食品を長持ちさせることができます。
また、塩分濃度が高くなることからも、微生物の繁殖を抑制する効果が期待できます。塩分濃度が10%ほどでほとんどの微生物、特に腐敗菌の増殖が阻止されます。塩分濃度が25%を越えると、大部分の微生物は死滅するとされています。※1、5
これらの作用を活かしてつくられているのが漬物です。漬物が、野菜に火を通していないにもかかわらず長期保存できるのは、脱水作用と塩分濃度の高さによって微生物が繁殖しにくいおかげです。※5

食品の形や見栄えをよくする

魚や肉に塩を振ってから焼くと、脱水作用により生臭さが取れるだけでなく、身がしまって崩れにくくなります。
また、内部にうま味成分を閉じ込め、流出を防ぐことができます。焼き魚やステーキなどを、見た目だけでなく味もよく調理することができます。※1、5
卵の調理にも塩は役立ちます。塩によってタンパク質の熱凝固を促進できるため、卵に塩を少量加えて焼くことで、形の整った卵焼きに仕上がります。※5

野菜などに含まれる緑色色素クロロフィルは加熱によって変色します。しかし、野菜をゆでるときに塩を加えると、茹で上がりを色鮮やかにすることができます。これは、クロロフィル分子の中心部に存在するマグネシウムイオンが、塩に含まれているナトリウムイオンで置き換えられ、安定した形になってくれるためです。※5
ブロッコリーや葉物の野菜をゆでるときに塩を加えるのは、この原理に基づいています。
ジャガイモやリンゴは、皮をむいたり切ったりした状態で空気に触れると褐色に変化してしまい、見た目が悪くなることがあります。「切ったリンゴは塩水に漬けておく」と習った方もいるのではないでしょうか。塩水に漬けることで、野菜や果物に存在する酸化酵素のポリフェノールオキシダーゼのはたらきを塩が阻害し、変色を防ぐことができます。※5

食品の保存

先ほどご紹介した漬物以外にも、肉や魚を塩漬けにして食品を保存する「塩蔵」という日本古来の方法があります。その名のとおり、塩蔵にも塩が使われます。
塩蔵には「立て塩漬け」、「まき塩漬け」、「改良漬け」の3種類があります。
立て塩漬けとは、魚などを塩水に漬けて保存する方法です。
魚が空気に触れないように漬けるので脂質酸化が起こりにくく、見た目や味を良好な状態で保存できます。3つの方法のうち、塩をもっとも多く使うのが特徴です。
まき塩漬けとは、魚や肉の上から塩を直接振って保存する方法です。
もっとも手軽な方法ですが、塩を振った部分にムラができてしまったり、空気に触れているため見た目や味に影響を及ぼしたりするのが特徴です。
改良漬けとは、立て塩漬けとまき塩漬けのいわば「いいとこどり」をした方法です。漬物石を使用して家庭で漬物をつくるときや、市販の漬物をつくる工程でも行われている方法です。※5
タンクや桶などの容器に食材を入れ、まき塩漬けと同様に直接塩を振りながら食材を積み重ねていきます。一番上にも止め塩と呼ばれる塩を振り、落とし蓋と重石を置いてしばらく時間を置きます。すると、食材から水が抜け出て、やがて食材が飽和食塩水に漬かります。これによって立て塩漬けと同じような効果が得られるのです。
塩を使った食品の保存方法は、およそ5000年前に中国で発見されたといわれています。
世界に目を向けると、2010年現在で1日あたりの食塩摂取量が多い地域は、中央アジア、(高所得の)アジア太平洋地域、東アジアが上位3位を占めています。
これらのことを統合すると、中国で発見された塩の使い方がその周辺地域へ広がり、各地域に根付いたとも考えられます。※6

食品の加工

食品を加工する過程でも塩が使われます。単に塩味をつけるためではなく、食品の食感を良くしたり、食品の形成を助けたりするのが目的です。
パンやうどんなどの小麦を用いた食品には、必ずといっていいほど塩が使われています。
小麦製品をつくるときに塩を加えることで、小麦粉に含まれるタンパク質を変性させてグルテンを形成します。
グルテンは粘弾性や伸長性を増大させるため、もちっとして歯切れの良いパンや、コシのあるうどんをつくることができます。
しかし、たくさん塩を入れればもっと食感がよくなるかというと、そういうわけではありません。
塩を入れ過ぎると逆に生地の結合が悪くなり、脆い生地に練りあがってしまうからです。
小麦粉に対して1.5~2%の食塩が適量です。※5

また、ハムやソーセージといった肉製品や練り物などの水産加工品も、製造過程で食塩が使われます。
これらの加工食品に食塩を使うのは、長期保存を可能にするためです。さらに、魚や肉の補水性や結着性を増加させ、粘り気と弾力のある食品に仕上げることができます。もちろん、塩味を足すために塩を使うこともあります。※5

生ハムや酵母を使用したパン、チーズなどにも塩が使われています。食品の水分活性を促し、発効に必要とされる微生物を増殖しつつ、腐敗につながる雑菌の働きを抑えることができます。※5

参考資料

※1 橋本壽夫(著) 塩の事典 2009年2月発行 東京堂出版  
※2 厚生労働省eヘルスネット 調味料の上手な使い方 
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/food/e-03-016.html
※3 ナトリウム療法における栄養管理のポイント https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspen/24/3/24_3_793/_pdf/-char/ja
※4 国立循環器病研究センター 循環器情報サービス http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/general/pamph118.html#anchor-5
※5 J-STAGE 食品加工・貯蔵 における塩の機能と役割https://www.jstage.jst.go.jp/article/swsj1965/52/6/52_352/_pdf
※6 日本高血圧学会減塩委員会編集 南江堂 減塩のすべて

料理以外の効果

ミネラル不足の改善と医療現場での活用

「日本人の食事摂取基準」(2020年版)によると、1日の食塩摂取量の目安は成人男性で7.5g未満、成人女性で6.5g未満とされています。※7
摂り過ぎは禁物ですが、この量を目安に適度に塩分を摂ることで、ミネラル不足によって起こりうる低ナトリウム血症や低カリウム血症、鉄が失われることによる貧血などを予防できます。
また、塩に添加されることがあるにがりには、ミネラルのひとつであるマグネシウムが含まれています。マグネシウムの欠乏はうつ病との関連が指摘されており、これらの病気を未然に防ぐためにも塩が活用できるといわれています。※8、9
また、病気の予防だけでなく病気の改善のためにも塩は用いられています。
例えば、医療現場で治療薬として使用されることがある生理食塩液やリンゲル液は、塩が原料です。※10
生理食塩液の場合、一般的な点滴の1袋500mLあたり4.5gの塩化ナトリウムが含まれています。※11
体調を整えたり、病気を改善したりするためにも塩は役立っているのです。

道路の凍結防止

日中に気温が上がって雪が解けると、夜に再び気温が下がることで道路が凍結することがあります。車がスリップしないよう凍結防止剤がまかれることがありますが、その正体は実は塩です。
通常、水は0℃で凍ります。しかし、水に塩を混ぜると氷点降下という現象により、水が凍る温度(氷点)が低くなります。
塩水の濃度が高くなればなるほど氷点が低くなっていきます。水に溶ける限界量の塩を溶かしきった水の場合は、マイナス21.3℃まで凍りません。塩を散布することで、夜に気温が下がっても、道が凍りにくくなるのです。※10、12
なお、道路の凍結を防ぐためには、雪が解けているときに塩をまく必要があります。すでに凍っている道路に塩をまくと、今度はなかなか溶けなくなってしまうためです。氷点降下は、「凍る温度を下げる」と同時に「溶ける温度を下げる」現象でもあります。例えば、水で作った氷に食塩をかけると、その氷はなかなか溶けません。凝固点(凍る温度)と融点(溶ける温度)は同じなので、こういった現象が起こります。つまり、凍結防止のためには塩をまくタイミングが重要なのです。

水の消毒

食卓では「塩(しお)」としてなじみ深いですが、化学分野においては「塩(えん)」と呼ばれます。
私たちの生活に身近な塩(えん)のひとつが、次亜塩素酸という塩(えん)です。
漂白剤などに使われる次亜塩素酸ナトリウムや、プールの消毒にも使われる次亜塩素酸ソーダなど、さまざまな種類があります。これらは消毒や除菌の効果が期待できます。※10
水道水の消毒に塩素からつくられている消毒剤を使用することで、水中に生息している病原性微生物などの細胞が破壊され、遺伝子が損傷し、特定の酵素の不活性化して呼吸できなくさせるといわれています。清潔で安全な水道水を各家庭に提供したり、塩やそのほかの薬剤の濃度をさらに上げることでプールの水の消毒をしたりするのに役立っています。※13

イオン交換樹脂を再生させる

ボイラーや軟水器などに使われているイオン交換樹脂は、繰り返し使用するうちにイオンの交換能力がなくなり、どんどん性能が低下していきます。
しかし、濃いナトリウム濃度の塩水で洗うことで性能が元に戻り、再度使えるようになります。イオン交換樹脂の再生にも塩(えん)が使われているのです。※10、14

参考資料

※5 J-STAGE 食品加工・貯蔵 における塩の機能と役割https://www.jstage.jst.go.jp/article/swsj1965/52/6/52_352/_pdf
※6 日本高血圧学会減塩委員会編集 南江堂 減塩のすべて 13頁
※7 厚生労働省 「日本人の食事摂取基準(2020 年版)」
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
※8 日本医師会 健康の森 健康になる!ミネラルの働き
https://www.med.or.jp/forest/health/eat/06.html
※9 J-STAGE うつ病患者における栄養学的異常 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsbpjjpp/26/1/26_54/_pdf
※10 公益財団法人塩事業センター 塩百科 塩の用途 
https://www.shiojigyo.com/siohyakka/useto/
※11 日本薬局方 生理食塩水 添付文書 
https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00053716.pdf
※12 公益財団法人塩事業センター 塩百科 氷点降下
https://www.shiojigyo.com/siohyakka/about/data/freeze.html
※13 水道水の消毒 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jswe1978/11/5/11_5_277/_pdf
※14 橋本壽夫(著) 塩の事典 2009年2月発行 東京堂出版

工業用としての塩

ソーダ工業用としての塩の使用

財務省が集計した「塩需給実績」によれば、日本国内の塩消費量のうち、もっとも一番多いのが「ソーダ工業用」です。2019年度で見れば、食用として消費された「生活用」の塩と、調味料や加工食品に使われた「食品工業用」の塩を合わせて約825,000トンの消費量だったのに対し、ソーダ工業用は6,155,000トンも消費されていました。※15

ソーダ工業には、苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)とソーダ灰(炭酸ナトリウム)の2種類があります。
苛性ソーダとは、塩をもとにつくられる水酸化ナトリウムのことです。※16
一般的には工業用の塩水を電気分解する「電解ソーダ法」にてつくられますが、ほかにも炭酸ガスを反応させてつくる「アンモニア・ソーダ法」があります。
合成洗剤や重曹、めっき、顔料、石油製品など、多くの生活用品が苛性ソーダからつくられています。※1
苛性ソーダは劇薬に指定されており、取り扱いについては十分に注意しなければなりません。

ソーダ灰とは、塩をもとにつくられる炭酸ナトリウムのことです。
ソーダ灰からは、重クロム酸ソーダを使った皮なめし、顔料、めっき、照明器具、液晶表示板、光学レンズ・メガネ、鏡や窓ガラス、食器類などのガラス製品もつくることができます。

一般工業用としての塩の使用

一般工業用としても塩は使われています。
塩に含まれる塩素から塩化亜鉛をつくり、めっきや乾電池をつくったり、塩化メチルからシリコーンをつくり出して電気機器などをつくったりします。※1
合成塩化ゴムからは自動車部品や防音材、インキをつくることができます。トルエンの塩化物からは石鹸洗剤、農薬品、塗料・香料などを、次亜塩素酸ソーダからは石鹸や洗剤をつくることができます。※1

塩はさまざまなものに形を変えることができます。石鹸や洗剤、窓ガラスなど使用方法が全く異なるものがつくられるのもおもしろいです。

参考資料

※1 橋本壽夫(著) 塩の事典 2009年2月発行 東京堂出版  P76-82
※16 コトバンク 苛性ソーダ
https://kotobank.jp/word/%E8%8B%9B%E6%80%A7%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%80-462912