減塩のリスク

昨今は日本だけではなく世界でも「減塩」が叫ばれ、塩分の過剰摂取という課題を解決すべく多くの人が減塩に取り組んでいます。
しかし、栄養素のバランスを考えずやみくもに「塩を取らない」ことだけを意識してしまうと、思わぬ健康被害を起こすおそれもあります。
減塩しすぎることのリスクについて、考えてみましょう。

塩分を控えるリスク

塩の構成成分

塩の主成分は、塩化ナトリウムです。
ナトリウムの摂取源は主に食塩なので、食塩そのものや塩分の高い加工食品などを極限まで控えてしまうと、ナトリウムを十分に補給できなくなると考えられます。

また、塩の製法や種類、添加物の有無によっては炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムなどの物質も微量ですが含まれています。※1
カルシウムやマグネシウムはほかの食品から摂取することも可能ですが、塩の摂取を控えるとナトリウムはもちろん、それ以外の成分も摂取量が減ってしまうということを覚えておきましょう。
※1

通常の食生活で欠乏することはない

塩を極限まで減らさなければ、通常の食生活で塩分が欠乏するということはまずありません。※2
そのため、ナトリウムの摂取量については上限が定められているものの、適切な身体機能のために必要な最低限のナトリウム摂取量については十分に定義されていません。
一応、WHO(世界保健機関)のガイドラインでは最低限摂取しておきたいナトリウムの量について、1日あたりわずか200~500mgであると推定されています。※2

世界では減塩励行傾向

厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」(2020年版)によると、18歳以上男性は1日あたり7.5g未満、18歳以上の女性では1日あたり6.5g未満の食塩摂取量を目標値としています。「日本人の食事摂取基準」(2015年版)と比べ、それぞれ0.5g引き下げられた数値となっています。※2、
世界に目を向けてみると、WHO加盟国は2025年までに世界の人々の食塩摂取量を30%削減することで合意しています。
日本だけでなく、世界が減塩を励行している傾向であることがうかがえます。

減塩が健康に与える影響については、1980年代頃からさまざまな国で調査されてきました。当時は減塩の効果はなかなか立証されず、疑問視する研究者も少なくありませんでしたが、やがて世界的に「減塩」を励行する流れが始まります。※3
2011年になると、国際連合の生活習慣病対策専門家会議において、タバコ(禁煙)に次いで2番目に緊急性の高い最重要優先課題として「減塩」が挙げられています。また、2012年にはWHO(世界保健機関)のガイドラインにおいて、成人の食塩相当量として1日5 g未満を強く推奨しています。※4
日本は、味噌や醤油などを多用する食文化の影響もあり、塩分の摂取量が多くなってしまう傾向にあります。この1日5g未満を達成することが難しいため、「日本人の食事摂取基準」(2020年版)では目標値が6.5~7.5gに設定されていますが、世界は減塩に対してもっと厳しく考えているのです。※2、4、5

塩は控えるべきものなのか

減塩をすることで、さまざまな病気や、その病気による死亡リスクを回避できる可能性が示唆されています。
しかし、塩を控えることはどんな人にとっても、健康につながるというわけではありません。

たとえば、低血圧や起立性低血圧で立ちくらみがある場合など、一部の病態ではあえて食塩摂取を多くしておいた方がよいとされています。※6
また、気温や室温が高い環境で労働したり、たくさん汗をかくような運動をしたりする場合、相当量のナトリウムが喪失されると考えられます。この場合もナトリウムをあえて摂取しなければ、脱水や熱中症などにつながり、身体状態及び生命へも影響を与えるおそれがあります。熱中症や脱水を回避するための対策としても、適量の食塩摂取は必要なのです。※4
このように、塩の摂取が必要な事例もあります。塩を悪いものとして敵対視し、やみくもに減らせばいいわけではありませんので、注意しましょう。

参考資料

※1 塩事業センター 市販食塩の品質
https://www.shiojigyo.com/study/toukei/pdf/data06_01.pdf
※2 厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2020年版)https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
※3 橋本壽夫「減塩に降圧効果はあるのか?また減塩は可能であり、危険性はないか?」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/swsj1965/54/1/54_45/_pdf
※4 公益社団法人日本WHO協会

塩分の削減


※5 農林水産省  和食文化の継承と健康づくり-減塩食の取り組み- 
https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/culture/attach/pdf/haifu-15.pdf
※6 特定非営利活動法人日本高血圧学会 
https://www.jpnsh.jp/com_salt.html

ミネラル不足

ミネラルとは

塩の主成分であるナトリウムは、ミネラルの一種です。※7
酸素、炭素、水素、窒素という生体を構成する主要な4元素以外のものを総称して、ミネラルといいます。
ナトリウムのほか、カルシウム、リン、カリウムなどがその代表です。
ミネラルは体内で合成できない物質なので、食物として摂取する必要があります。
ミネラルは、過剰に摂取しても欠乏しても健康へ影響を及ぼすことが分かっています。
また、ミネラルは体に吸収される際、相互に影響を及ぼし合うため、バランスよくミネラルを摂取することが必要です。※8 

一説によると、現代の日本人はミネラルが含まれる食品を摂取しているのに、十分なミネラルを補給できず不足につながっている事例もあるとされています。これは、食品が精製・精白される過程で必要なミネラルが落とされてしまうために起こると考えられています。

ミネラル不足で起こりうる病気とは?

ミネラルが不足すると、ただ体調が悪くなるだけでなく病気につながることもあります。
たとえば、塩の摂取不足により血液中のナトリウムが不足すると、低ナトリウム血症が起こる可能性が高いとされています。
※9
軽症の場合では倦怠感や食欲不振といった症状が見られますが、低ナトリウム血症の状態が高度となると痙攣や意識障害といった症状が見られ、死亡するおそれもあります。
低ナトリウム血症の原因は、経口からのナトリウム摂取不足及び尿中のナトリウム排泄量の増加といわれています。
このうち、尿中のナトリウム排泄量はホルモンなど身体のさまざまな機能が関係してくるため、ナトリウムが短時間で不足する原因としては経口からの摂取不足のほうが考えられるのです。※9

ナトリウム以外にも、ミネラルにはカルシウムやカリウム、鉄などが含まれます。カルシウムが失われたり摂取量が減ったりすることで骨粗鬆症に、カリウムが失われたり摂取量が減ったりすることで低カリウム血症となるおそれがあります。また、鉄分が失われることで、貧血などさまざまな病気に罹患するおそれがあります。※10
病気とまではいかなくても、さまざまなミネラルが不足することによって骨、神経、筋肉の不調が生じたり、疲労感や脱力感が顕著にみられるようになったりするほか、味覚や嗅覚、聴覚の低下や免疫力の低下につながることも考えられています。※10

ナトリウムの過剰摂取を防ぐために食塩を控えすぎてしまうと、そのほかのミネラルの摂取量も減ってしまうことになります。食塩以外の食品から十分なミネラルを摂取することを意識しましょう。

マグネシウム不足によりうつ病の可能性も

ミネラルの不足が、うつ病にも関連していることはご存じでしょうか。
研究によってさまざまな見解がありますが、ミネラルのひとつであるマグネシウムの欠乏はうつ病との関連が指摘されています。※11、12

マグネシウムはヒトの体の中で4番目に多い陽イオンであり、生体機能に必須な元素の1つでもあります。※11、12
このマグネシウムが低下すると、神経細胞が脆弱になり、精神障害の成因に関わっていると考えられてています。
神経細胞が脆弱になることでストレス耐性が弱くなったり、うつ症状や不安感などを引き起こしたりします。
また、生体内のマグネシウムは精神的ストレスによって量的に低下することが分かっています。

塩に添加されることがある「にがり」の主成分が、塩化マグネシウムです。ストレス社会といわれる昨今の社会情勢に加え、過度な減塩によってマグネシウムなどのミネラルがさらに不足してしまうと、うつ病などの精神障害を引き起こすきっかけとなるおそれがあるのです。※11

参考資料

※7 厚生労働省 e-ヘルス情報ネット ナトリウム

ナトリウム


※8 厚生労働省 e-ヘルス情報ネット ミネラル

ミネラル


※9 低ナトリウム血症の臨床
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika1913/80/9/80_9_1514/_pdf
※10 日本医師会 健康になる!ミネラルの働き 
https://www.med.or.jp/forest/health/eat/06.html
※11 特定非営利活動法人医療教育研究所 マグネシウムと精神機能
https://www.ime.or.jp/daitai/daitai04.html 
※12 うつ病患者における栄養学的異常
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsbpjjpp/26/1/26_54/_pdf

無塩文化

人類の食塩文化の推移

本来、陸上の野生動物の食物には食塩はほぼ含まれていません。
人類においても、石器時代の人々は狩猟によって獲った獲物を調理せずに食べていたため、食塩摂取量は1日1~3g程度だったと推測されています。※13
当時は、生きるために必要最低限の塩分しか摂取していなかったということです。
しかし、およそ5000年前に中国で塩を使った食品の保存方法が発見されました。それ以降、文明の発達に伴い、人々の食塩摂取量が増加していったと考えられます。※14
塩は昔、高級品として扱われていました。
日本は島国で海に囲まれているため、塩が容易に手に入りやすいと考えられがちです。しかし、海水の塩分濃度はたった3%と低く、塩の結晶を取り出すにはたくさんのエネルギーを使って煮詰めなければなりません。さらに日本は多雨多湿なので、海水を天日干しして塩を生成するのは難しいとされています。
現在は日本においても塩産業が発達し、昔と比べて質の良い塩が安く手に入るようになりました。さらに、戦後の食文化の変化なども相まって、日本人の塩分摂取量は増えてきたと考えられます。※15
欧米諸国においても、日本やアジア諸国と比べて塩分摂取量の基準値は高くないものの、食文化の変化によって多くの塩分を摂取するようになりました。日本のみならず世界的にも、減塩の流れは強まっています。
その一方で、現在でも原始的な生活を送っている民族は、食塩が手に入りにくく、もともと食塩摂取量が少ないことが分かっています。
文明化した人類、そして文明を発達させた国のみが食塩を手に入れることができ、さらに多量摂取しているということなのです。※13

日本人に無塩文化は困難

世界各国の食塩摂取量を調べたデータを見ると、中国、日本の一部の地域と韓国がトップ3を占めています。※13
また、別の調査においても中央アジア、東アジア、東欧の食塩摂取量は群を抜いて多く、1日の平均摂取量は10gと、塩分摂取量の目標値を大きく上回っていることが分かっています。※13
特に、日本人は特有の食文化によって食塩摂取量が多いと考えられています。醤油や漬物、味噌汁といった日本の伝統食品や調味料には、食塩を多く使用します。※13
そのため、日本人が完全に無塩文化を送ることは難しいといえるのです。

日本人が無塩食にするとどうなるか

日本人の場合、無塩の食事に切り替えたとしても長期的に継続するのは難しいとされています。さまざまな病気の治療のために、入院中に無塩食が提供される場合もありますが、通常2~3日程度、長くても7日程度が限界と考えられています。
塩は単に塩味をつけるだけでなく、食欲を増進させる効果もあります。そのため、無塩食に切り替えることで、食欲低下や活動性低下が予測され、治療の一環で無塩食を提供する場合にも注意が必要という見解もあります。※14
これは、日本人だけに限った話ではありません。海外に目を向けても塩を一切使わずに喫食に至る料理は少なく、大半の食文化において食塩は使われているといえます。味を追求する現代人に限ったことではなく、人間の食塩に対する摂取欲求は、生理的な現象であるとも考えられます。※14
このことから日本人のみならず、一部の民族を除くすべての人が無塩文化を長期的に送るのは難しいと考えられているのです。

参考資料

※13 日本高血圧学会減塩委員会編集 南江堂 減塩のすべて 
※14 ナトリウム療法における栄養管理のポイント https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspen/24/3/24_3_793/_pdf/-char/ja
※15 公益財団法人塩事業センター 塩の歴史
https://www.shiojigyo.com/siohyakka/made/history.html

執筆者 岡部 美由紀 看護師兼ヘルスケアライター

埼玉県内および東京都内の総合病院手術室勤務、眼科クリニック勤務等を経て、IT関連企業へ。
2011年よりヘルスケアライターとして活動。 現在は、一般向けの疾患啓発サイトや書籍原稿執筆、医療従事者向け情報サイト等での執筆、医療従事者への取材などを行う。健康食品管理士の資格を活かし、栄養成分やサプリメント等に関する記事執筆も多数あり。