塩は、人間が生きるうえで欠かせないものです。しかし、私たちは普段から必要十分な食塩を毎日摂取しているため、意識して摂取量を増やさなければならないケースはほとんどありません。
一方で、摂り過ぎてしまうと極めて危険だということをご存知でしょうか。
過剰摂取によって体調を崩すだけではなく、ときには死にも至るおそれがある食塩について、いま一度考えてみましょう。
食塩の致死量とは
どのくらいの食塩を摂取するとヒトは死に至るのか
食塩の主成分は塩化ナトリウムです。塩化ナトリウムのヒト推定致死量は体重1kgあたり0.5~5gとされています。※1※2
つまり、体重60kgのヒトの場合、30~300gの塩を一度に摂取すると死に至るおそれがあるということです。脳や様々な臓器に影響を与える中毒量はもっと少なく、体重1㎏あたり0.5~1gのため、体重60㎏の人では、30g~60gの摂取で深刻な問題をきたします。
これだけの量の食塩を一度に食べるのは現実離れしているので、食塩を致死量まで摂るのはなかなかイメージしにくいかもしれません。
しかし、食塩は1Lの水に約300g溶かすことができます。※3
水に溶かしてしまうと、一度に致死量に達する食塩を摂取するというのもあり得ないことではないのです。例えば、海水の濃度は3.5%程度です。誤って、または意図的に海水を1L飲んでしまったなら、35gの食塩を一度に摂取することとなり、中毒量を超えてしまいます。
どのくらいの食塩が溶けているか分からない水溶液を一気に飲むのは危険です。夏場に脱水症予防として経口補水液をつくることもありますが、含まれる塩分量が飲む人の体重換算に見合わなかった場合、過剰摂取が起こりうると考えられます。
適正な塩分量ではない経口補水液を子どもが飲んでしまい、食塩摂取が致死量に達してしまったケースも実際に起こっています。
食塩を一度に過剰摂取してしまうと、血液中のナトリウムイオン濃度が急激に上昇します。
血液中のナトリウムイオンが増えると、体液の水分を血管の中に多く引き込むため、血管内の水分量(循環血液量)が増えます。
循環血液量が心臓のポンプ機能を上回ってしまうと、「うっ血」を引き起こし、さまざまな臓器がいわゆる「水びたし」の状態となります。
例えば、肺の血管内の血液量が増加すると、肺が水びたしとなり、肺水腫を起こすことがあります。
心臓に戻ってくる血液の量が増えてしまうと、心臓ががんばって収縮しても血液を送りきることができず、心臓の負担が増加し、うっ血性心不全が起こることがあります。全身がむくみ、体重は著しく増加します。息苦しくなり、次第に動くことばかりか、寝ることも難しくなります。
さらに、血液中のナトリウムイオン濃度が上がると、細胞内の水分も血管内に引き込まれてしまうので、細胞内がいわゆる「脱水」の状態になります。
特に、脳細胞の脱水が起こると、痙攣や昏睡などの意識障害が引き起こされ、最悪の場合は死に至ることもあります。
細胞内脱水により、急激に脳細胞が萎縮した場合、脳容積が減少するとともに血管にも機械的な負担がかかることで破綻が起こりやすくなります。循環血液量の増加で血圧が上昇することも相まって、脳出血やくも膜下出血といった生命の危険を引き起こす脳卒中を発症するおそれもあります。※4
このように、極端な食塩の過剰摂取は、人の生命を維持するために重要な心臓や肺、脳にダメージを与え、致死的な障害を引き起こす可能性があるのです。
塩の毒性は意外と高い
致死量を推定する目安として、半数致死量という指標があります。
これは、ある物質を動物に投与した場合、半数が死亡するとされる量のことです。半数致死量を調べるために行う実験を、毒性試験と呼びます。
食塩の毒性試験を行ったところ、食塩(塩化ナトリウム)の半数致死量は体重1kgあたり3000~3500mgという結果が出ました。
つまり、「体重1kgあたり3000~3500mgの食塩」を与えると、グループの半数が死亡する、ということです。グラム換算にすると、体重1kgあたり3~3.5gとなります。※5
ヒトに当てはめると、体重60㎏の方では180gから210gになりますので、一度に取るのは難しそうです。青酸カリやサリンなど、かつてのフィクションで(まれに現実でも)犯罪に用いられた物質はごく微量で命を奪うのに対して、食塩は両手に山盛り食べないと死なないわけですから、常識的には安全に思えます。しかし、問題があるとするならば、青酸カリやサリンはまず手に入らないことに対して、食塩が身近な物質であり、誰もが手軽に使用できてしまう点です。
食塩は過剰摂取すると十分毒性が強いということをふまえ、その扱いにも十分に注意していきましょう。
参考
※1 大学病院医療情報ネットワーク 中毒時の対応に関する情報(中毒情報)について 食品 塩・醤油 https://www.umin.ac.jp/chudoku/chudokuinfo/i/i021.txt
※2 厚生労働省 「日本人の食事摂取基準(2020 年版)」https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000586553.pdf
※3 公益財団法人塩事業センター 塩百科 https://www.shiojigyo.com/siohyakka/about/data/brine.html
※4 日本内科学会雑誌第104巻第5号 水・ナトリウム代謝異常 https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/104/5/104_906/_pdf
※5 農林水産省 毒性の強さランキング https://www.maff.go.jp/hokuriku/safe/consumer/heya/attach/pdf/dezitaru_nouyaku-4.pdf
食塩中毒
食塩中毒とは
塩を過剰摂取することで、「食塩中毒」が起こります。
食塩中毒は非常にまれな病態で、日本でも数例の報告しかありません。※6
しかし、血液中のナトリウム濃度が非常に高い状態となる「高ナトリウム血症」は、医師であれば良く体験する、しかし場合によっては死にいたる危険な病態です。熱中症や脱水症はよくある高ナトリウム血症の原因ですが、食塩中毒もその一つです。※7
食塩中毒の症状は、口渇感や頭痛、嘔吐、発熱、下痢などに始まり、徐々に意識障害をきたすようになります。
これらの症状は、食塩を過剰摂取したことによって細胞内が「脱水」の状態になるために起こると考えられています。※6*
食塩中毒になるとどうなるか
食塩中毒は報告症例が少ないまれな疾患ですが、その死亡率は50%にも上ります。※6
死亡率を高める危険因子としては、成人であること、そして「血清ナトリウム値」が高いことが挙げられます。
まず、小児よりも成人の死亡率の方が高いようです。さらに、血清ナトリウム値が185mEq/L以上である場合は、致死的な高ナトリウム血症であり、救命困難であるとされています。
実際、食塩や醤油を大量に摂取し、血清ナトリウム値が非常に高い状態で医療機関へ搬送された後、脳への影響などにより死亡してしまったケースが報告されています。もちろん、障害を残すことなく救命されるケースもありますが、治療成績に関しては良くまとめられておらず、こうすれば確実という治療法が確立していないことからは、やはり危険であることに変わりありません。※6、7
前述のとおり、食塩中毒となると脳細胞が脱水状態となってしまうため、脳萎縮をきたします。
すると、脳血管が破綻してしまい、くも膜下出血や硬膜下血腫、脳出血などにつながります。
これらの病態によって、さらに致死率を高めてしまうのです。※6
食塩中毒の患者に対しては、一度にたくさんの輸液を行い、ナトリウムを体外に排泄させるという治療方法が主に行われます。
ほかにも、血液透析(透析の機械を使って血液の中から不要な成分を取り除くこと)を行ったりすることもあります。※6
輸液の急速投与をしてナトリウムを体外に排出させる治療方法は、食塩中毒になってから数時間以内、長くても2日以内に行った方が良いとされています。
この時期を過ぎると、脳細胞の内外で浸透圧に大きな差が生じていることから、治療の過程で脳浮腫を引き起こすおそれが高いと考えられ、予後が悪くなってしまいます。
そのため、食塩中毒となってしまった方を救命するためには、早期に治療を行うことがカギなのです。※6
参考
※6 泉谷 義人ほか 食塩過剰摂取により食塩中毒を来した1例 日本救急医学会雑誌 27巻 8号 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jja2.12111
※7 公益財団法人仙台医療センター 研修医講義 第2章高ナトリウム血症 https://www.openhp.or.jp/staffs/manual/pdf/balance_02.pdf
食塩の摂取量が致死量に達するのはどんなケース?
前述のとおり、食塩中毒は非常にまれな疾患で、日本でも数例の報告しかありません。※7
その症例の多くは、普段の食事で起こったものではありません。意図的に、あるいは何らかの理由により危険であることが分からずに、食塩や醤油などを多量に飲用してしまった事例です。※6
たとえば、醤油は小さじ1(5mL)あたりの食塩相当量が約0.9g、大さじ1(15mL)あたりで約2.6gとされています。これを醤油1Lに換算すると、約173~180gの食塩が含まれている計算になります。
成人の場合、1Lのボトルに入った醤油1本を一度に飲みきってしまうと、体重によっては致死量に達することもあります。とはいえ、これだけの量の醤油を、意図的に一度に飲み干すのは難しいでしょう。
食塩や醤油のように、食物として摂る場合を除いて注意が必要なのは、海で溺れてしまった場合です。遭難や溺水によって海水を多量に飲み込んでしまうと、塩分摂取が致死量に達してしまうおそれがあるからです。※6、8
また2015年には、保育施設で1歳のお子さんが過剰な食塩を含む飲料を与えられ、中毒死する痛ましい事件が起きています。この時、お子さんが摂取させられた食塩は4.5~5gと推定されています。体重10㎏の1歳児では、たった5g(小さじ1杯分またはラーメン1杯分)の食塩摂取でも、命にかかわるのです。また、昔ながらの梅干し(食塩濃度16%)には、1個に2.5g程度の食塩が含まれます。暑い夏でも、離乳食に梅干しをたくさん入れるなど、意図して食塩を多く与えることは危険です。
さて、こうしたケースはさまざま考えられるのですが、日常生活において食塩の摂取量が致死量に達する事態というのは、考えにくいと言えます。
一方で、食塩摂取が限りなくゼロに近くても、普通の生活をするうえでは、健康被害が起きることはないとされています。食塩摂取は、多ければ多いほど体に悪い、少ない方が体に良いということは間違いないようですね。
参考
※6 泉谷 義人ほか 食塩過剰摂取により食塩中毒を来した1例 日本救急医学会雑誌 27巻 8号 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jja2.12111
※7 公益財団法人仙台医療センター 研修医講義 第2章高ナトリウム血症 https://www.openhp.or.jp/staffs/manual/pdf/balance_02.pdf
※8 日本医事新報社 https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=13937
医師・医学博士・高血圧専門医・内分泌代謝科専門医・指導医
一般社団法人テレメディーズ代表理事
米国留学時代から食塩感受性高血圧の研究を始める 最近では高血圧診療のデジタル化を推進し、尿中ナトリウム/カリウム比の自己測定によるセルフケアも導入 無塩・減塩・適塩・排塩など、塩でも個別化医療を目指したい